ながおかドキドキ通信


    相撲とは一体何だろうか・・・?
 国技といわれている大相撲が野球賭博で大揺れに揺れている。最初は大関琴光喜野球賭博に端を発した問題だった。サッカーW杯で日本が決勝トーナメントでパラグアイに敗れてからはスポーツ界の次なる話題は大相撲だろう。
 相撲は歴史をたどれば神様に捧げる神事だった。それが人気が出て来てから江戸時代に神社の境内などでお金をとって取り組みを見せたのが興行的な始まりという。江戸勧進相撲の始まりは富岡八幡宮で(東京・江東区)その証は石碑に刻まれている。さらに同神社奥には横綱碑があって歴代の横綱の手形が石碑に刻まれている。
 プロスポーツ選手となることは、サッカーW杯の本田選手の活躍を見るまでもなく努力だけではなくもって生まれた天賦の才がなければプロ選手になれない厳しい世界だ。いってみれば一握りの選ばれた人たちだけが進める最高のステージなのだ。ある意味、そういう人たちは世間の常識では判断できない面が多々ある。そういった社会的にはアンバランスな面が人気を呼ぶ原因ともなっている。今回の大相撲界の賭博騒動を見ているとやっぱり社会的常識とはかけ離れいる相撲界の常識=非常識がまかり通っているなと感じた。
 まず大嶽親方(現役名=貴闘力)の弁明会見だ。自ら琴光喜に頼んで野球賭博に参入した事実があるにも関わらず「自分が悪いので責任は取る。ただ他の力士にはもう一回チャンスを与えててほしい」(7月2日、毎日新聞)といったコメントだ。競馬や花札と同じような感覚で遊んでいたらしいが競馬はともかくとして花札、マージャンなどの賭け事が違法だというということの認識のなさだ。「一般社会では誰でもやっていることだ」的な感覚だから法外な金額を賭けてやっていた野球賭博でもその程度の感覚なのだろう。一番、アタマに来るのは「他の力士にはもう一回チャンスを与えてほしい」といっことだ。
 大嶽親方よ、よく考えてもらいたい。相撲ファンアは真っ向勝負が見たくて高い入場料を払い、某国営放送の受信料を払って大相撲中継をテレビ桟敷で観戦しているのだ。それがケイコもろくずっぽせず野球賭博にうつつをぬかしていたと知った時、誰がそんな勝負を見たいと思うのか。
 神事なら神事らしく厳粛に相撲をとればいい。スポーツならスポーツらしくもっと内容の濃いものすればいい。問題は古くからあるしがらみの中での興行で相撲を見せているから訳の分からぬ問題が発生しているのだ。賭け事は恐らく大相撲界に古くからはびこっている悪しき伝統なのだろう。それが証拠に弟子を指導しなければならないはずの現役親方で執行部ともいうべき理事がゴルフの賭博にも手を染めていた事実だ。心ある相撲ファンならきっと野球賭博があるなら釤相撲賭博釤もあるかもしれないと思っているゾ・・・。