ながおかドキドキ通信

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  小説「光る砂漠」−夭折の詩人矢澤宰の生涯ー
        三條結核病院小児病棟の看護婦詰所
 看護婦詰所に入ってくる宰の主治医、吉住昭先生。机に座って書類に目をやっているゆきだがどこか漫然としている。「ゆきさん、ゆきさん」とゆきに声をかけた吉住先生。ゆきはハッとして我に帰り吉住先生を見上げる。「ゆきさん、何か疲れているみたいだね。心配なことでもあるのですか」と聞く吉住先生。「ちょっと考えごとをしていたもんで・・・スミマセン」とゆき。「ならいいんだ。今日は、ゆきさんにも力になってもらおうと思ってね。頼みに来たんだ」と吉住先生。ちょっと驚いたゆき。「実はね、矢澤も含めここに結核で入院している子供たちのことなんだ。あの子らの大部分は家も貧しく入院している費用も家計を圧迫しているはずなんだ。それに彼らは好んで結核になったわけではないんだ。矢澤だってお父さんが中国で戦争に駆り出され、過酷な戦地で体を壊して結核に感染して帰ってきたのが原因で腎結核になってしまったんだ。本来であれば戦争が原因なんだから国が責任をもって治療費を負担すべきなんだか国はやろうとしない。経済的に行き詰った患者の家庭では生活保護金を受けながらやりくりしている。それもちよっとばかり状況が好転すると打ち切られてしまう。将来のある子供らを中途半端な治療で終わらせたくないから今度の6月県会に結核を難病として指定してもらい義務教育を受けている児童らはその期間、治療費は県で負担してもらえるような仕組みを提案しようと思っているのさ。そのために一人でも多くの人から賛同してもらおうと思って署名を集めているんだ。ゆきさんは矢澤の病状には特別気にかけているようだから・・・。協力してもらえるね」とゆきに聞く吉住先生。
 「先生。署名て何ですか。病気で困っている患者さんのためになるのは分かりましたが書名ということがよくわからなくて・・・」といぶかしがるゆき。「あそうか。ゆきさんはこういう経験は初めてだものね。署名というのは国や県といった行政機関にある提案をして、1日でも早くその提案を実現してもらうために大勢の賛同者を募ることなんだ。まあいってみればその人の決意表明みたいなもの。作業は簡単、指定された書類に自分の名前を書いてハンコを押すだけだよ」と吉住先生はゆきに署名の説明をした。「ああそうですか。私また、大勢の人と道でプラカードなどをかざして歩くデモかと思ってましたょ」というゆき。「デモね。それも一つの手段だがそんな大げさなことは考えていないから心配しなくていいよ」と吉住先生。「分かりました。私で役に立つなら協力します」というゆき。「おお、ありがとう。じゃあ近いうちに署名簿をもってくるから署名してくれるね」という吉住先生。「いいですよ」というゆき。 協力者を得られて喜んで看護婦詰所を出てゆく吉住先生。
 この三條結核病院、併設の三條養護学校の医師、看護婦、教諭、職員らが一丸となって取り組んだ「療育給付制度」は全国で初めて新潟県が国に先駆けて実施。矢澤らはその恩恵を受けて安心して結核の治療を受けることができた。吉住先生らをその実現に走らせた直接的な原因はやはり矢澤宰の存在だった。(
続く)
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