ながおかドキドキ通信


   さらに続く未曾有の地震被害・・・
       今後は心身のケアが大事

地震のため運転を取りやめた新幹線の再開を知らせる告知盤。JR長岡駅新幹線改札口】
 昨日(3月11日)、午後2時46分、東北地方を震源地とするマグニチュード8・8という巨大地震が発生。被害地域は東北6県と関東圏まで広がっている。今日(12日)、午後3時現在、東北6県と新潟県に電力を供給している東北電力は401万世帯が停電しているという。TVの報道によれば今まで経験したこのない津波から陸前高田市(岩手)は壊滅状態で被害総額すら分からないらしい。
 7年前の中越地震が発生した時、オイラは長野で単身赴任していた。地震が発生してから4日目だったと思うが新潟入りした。早朝に長野市内のコンビ二でおにぎり、ホッカイロ、リカーショップで飲料水のペットボトルを買い込み、りんご農家からりんごを100個位買って長岡を目指した。知人友人に届けるためだった。高速道で柏崎まで来てそこから海岸線を出雲崎まで走り、そこから長岡に入った。最初のりんごを配った大島の知人宅はまったく地震の影響はなく元気だった。次に渡里町の親戚の寺を訪ねたらここもいたって元気。ここで本来の目的だったローソクを約100本、タダで手に入れ悠久山方面から宮内に住む知人友人らにおにぎり、りんご、ペットボトルの水、ホッカイロ、軍手、停電で困っている友人らにタダで手に入れたローソクを配った。時間があったので大手高校済美会館に非難している山古志の知人を訪ねた。知人は、以外にも元気で救援物資も多く届いていて自衛隊の救援活動も始まっていた。その時、偶然目にしたことだが、長岡を選挙区とする某女史国会議員が手ぶらで避難所に来たこと。落選中の元国会議員が押入れの中に入れぱなししておいたであろうと思われる下着の何枚かを持って「これを着れば暖かいから」とか何とかとってつけたような救援物資を持って来たことだった。オイラは議員と名のつく輩ははなから信用していないから両者の行為は驚きもしなかった。むしろ人間的に卑しく浅ましい奴だと腹立たしくもなった、
 知人と話していると避難所生活はそれほど苦になっていないようだった。三食とも自衛隊が栄養価の高い自衛隊食を作てくれて10時と3時にはオヤツも出る。誤解を恐れずにいえば「食う寝る大尽」に徹していればよかったのだ。ただ慣れない非難所生活で心と体は相当マイッテいるなと感じた。オイラはその当時、2度目の胃ガンを発症して西洋医学の医師からは手術しなさいと勧められていた。今更2度目の手術なんてと思っていたが住んでいたマンションの近く善光寺の入り口に毛色の変わったような鍼灸院があったのでその医院の院長先生に相談したら「完治させることは無理だが抑えることはできる」といわれたので1日おきに通院した。救援物資を届けて新潟から帰り医院へ治療に行ったら院長から「新潟はとんなですか」と聞かれたのでありのままを話してやった。その時オイラは「救援物資などいっぱいある。大事なのは非難している人の心とか体のケアであなた方ような人がボランティアで体をケアしてやれば被災地の人も元気がでるのではないですか」といった。何か考えていたらしい院長だった。その日、オイラの携帯に連絡してきて「長岡にボランティアに出向きたい」という話だった。その鍼灸院は、別に鍼灸師を養成する学院も経営していた。院長がいうには若い学院の生徒を被災地に派遣して勉強させたいという。オイラは感激してボランティア隊長となって11月の連休まで旧川口町も含んで地震発生後3回、延べ約20人の鍼灸を学ぶ生徒を避難所に送り込んで体のケアをさせ避難所の人たちからは大いに感謝された。
 「身体が痛めば心が病む。心が病めば気力が失せる」。オイラのこのBlogを読んだ全国の鍼灸師、マッサージ師の皆さん、しかるべき日が来たら一刻も早く被災地を訪れて被災した住民の体をケアしてやってほしい。
 最後に被災した住民のみなさん。心からお見舞いを申し上げます。今はとても苦しく辛いでしょう・・・。オイラで役に立つなら何でも相談してほしい。一人で悩まずこのBlogに投稿して下さい。話せ(書く)ばきっと気持ちも落ち着くと思います。もう少しの辛抱です頑張って下さい。

http://www.ac-koshiji.com/

http://www.h7.dion.ne.jp/~kousya/

http://fmnagaoka.com/fm/