ながおかドキドキ通信


   健サンは元気だろうか・・・
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(東映ビデオ「昭和残侠伝 唐獅子牡丹」から。右は共演の池部良)
  2月17日、TVドラマ「必殺」シリーズの中村主水役の藤田まことが亡くなった。昨年末には、昭和を代表する大俳優、森繁久弥がこの世を去っている。藤田の出世作となった「てなもんや三度笠」は、オイラの家にテレビが入った頃で白黒の画面から生放送で映し出される喜劇をワクワクしながら放送を楽しみにしていたものだった。
 森繁は、東宝映画の「社長」シリーズが有名だが、オイラは、竹脇無我と組んだホームドラマだいこんの花」が好きだった。森繁も藤田まことの二人とも昭和を代表する俳優だったことは間違いない。
 最近、中古ビデオショップで昭和40年代に東映が制作した任侠路線のビデオを入手することが出来た。その内の一つは高倉健が主演の「昭和残侠伝 唐獅子牡丹」でヤクザの義理の世界を描いたもの。東京で学生時代を過ごしていたオイラは健サンに憧れて「3本立てオールナイト」の興行の映画をよく見に行っていた。
 巷間いわれているヤクザとは花札のオイチョカブの「8 9 3」の数字から来ているといわれている。8+9+3=20は花札では「ブタ」といってどうしようもない数を指す言葉らしい。ヤクザの名称はそこから来ているといわれている。だから世間的にひんしゅくを買うような仕事を「ヤクザな仕事」という。例えば昔、オイラが生業にしていた新聞記者など一昔前までは代表的な職業だった。けれどもオイラは、こう見えても記者の仕事にそれなりのプライドをもっていたゾ。今風なヤクザな稼業は何だろうといえばオイラは真っ先にウソばっかりいっている政治家を挙げる。
 健サンが演じていた昭和残侠伝は、その名の通り時代は昭和初期。そんな時代でも世間から半端者扱いされていたヤクザでも一宿一飯の義理は果たしていたことを映画は語っている。プロパガンダとしてのの映画は、その時の大衆の求めている心理や欲求を映像化したものだとオイラは思っている。
 時代も昭和から平成となっても44年前の映画がオイラの胸を打つのは歌の文句ではいが「義理がすたればこの世は闇だ」に起因するからだろう。果たして「義理」というワードはもう死語となってしまったのだろうか。それにしてもオイラの憧れだった健サンのお姿は05年封切りの「単騎 千里を走る」以後スクリーンで観ていない。70歳はとうに過ぎておられるはずだがお元気だろか・・・。