ながおかドキドキ通信

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     小説「光る砂漠」−夭折の詩人矢澤宰の生涯ー
            宰の病室
 宰の病室から見える粟が岳は紅葉に彩られている。早朝の五十嵐川は霧が立ち込めている。そして農家の軒先には初冬の風物詩ともいえる大根が干してある。
 ゆきが朝の検温に宰の病室を訪れる。「おはよう。今日はちよっと寒いね。宰君、検温の時間だよ」とゆき。「おはようございます!」と元気いっぱいの宰。「どうしたが、そんげに怖い顔して」とゆき。「オレ、今日から歩く練習しようと思ってんだ」と宰。「ええ、歩く練習。先生がいいといわれたらね」とゆきは軽い気持ちで宰のいったことを聞いていた。
 ゆきはごく普通に宰に検温の体温計を渡して病室を出てゆく。宰はゆきのそうした事務的なしぐさにやや不機嫌。そしてゆきが再び検温を確かめに病室に入ってくる。
 「吉住先生に聞いたら、そろそろ歩く練習もいいてさ」というゆき。「それってホントなんだ!」と飛び上がらんばかりに喜ぶ宰。そこに吉住先生も入ってくる。
 「宰君。よくそういう気持ちになったね。えらいよ。病は気からといってね。最近、検査でも尿の具合もいいんでそろそろ私も歩く練習もいいかなと思ってたんだよ」と吉住先生。「いつまでもベットに寝ていてばかりでもしょうがないし、それに早く学校へも行きたいんです」と宰。
 「そうだよ。その気持ちだよ宰君。よし先生も手を貸してやるからまずこの病室を歩いてみよう」と吉住先生は宰をベットから起こし抱きかかえるようにベットから降ろした。「大丈夫かい」と宰を気づかう吉住先生。「大丈夫です」と真剣な表情で答える宰。
 ベットの脇に立った宰は、おそるおそる足を一歩二歩と歩き始める。心配でジッと宰の動きを見守る吉住先生とゆき。ベットの脇から窓際まで約3㍍。ついに宰は窓際まで自分の足でたどりつく。窓に手をんかけて泣いている宰。「歩けたんだ。オレ歩けたんだ!」と宰。吉住先生伊とゆきが宰の両脇を支えている。
 「えらいぞ!宰君。本当によく頑張ったね」と宰の顔を見ながら宰を激励する吉住先生だが、眼鏡の奥からは涙があふれていた。「すごいね宰君。これからすこしづつ練習すればきっと皆と同じように歩いて学校へも行けるようになるよ」というゆき。そのゆきもポケットからハンカチを取り出して涙を拭いている。
 「歩くこと それはなんとすばらしいことだろう。歩くのに目的がなくてなぜ歩こう、歩くとは、宙を歩くことではない 歩くとは大地を歩くことだ。ズルズルとオレの足は重たいヨタヨタとオレの足は力はないフラフラと夢遊病者のようだなぜそんなにひきずって歩くのだ。そんな歩き方は大地に対して失礼だ。軽く しっかり歩こう、そう決めた」

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